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月曜日, 6月 22, 1998

1998年6月20日-22 大阪訪問記

1998年6月20日-22 大阪訪問記
■6/21@十三フアンダンゴ(共演:ずこうびじもく、ヰタセクスアリス、アンティークフォークロア)

メンバーチェンジ、改名後初、1年ぶり2度目の大阪遠征であった。またもとてつもない充実感と幸福感でいっぱいである。

それにしても大阪人、京都人のあの人柄の素晴らしさって一体何なんだろうか。「東京でめちゃくちゃ人気のあるバンドだと勘違いされてるんじゃなかろうか。大したバンドじゃないとわかった途端にそっぽ向かれてしまうんじゃなかろうか」などと怖くなったことが何度あったことか。
いやいやいや、人間って本当はあああるべきなんだろうな。ついそんなことを考えてしまう自分の汚らしさに反省しつつ、大阪から戻った今も何だか心の膿を流していただいたようでとても気分が良い。

終了後、即東京直行という昨年の強行スケジュールを止め、ライブ前日朝いちで大阪入り、ライブの翌日の夜東京へという余裕たっぷりのスケジュール。しかも今回は往復飛行機での移動であった。ぱっとひと飛びたったの1時間、旅費は夜行バスを使った前回の1泊遠征とほとんど変わらず。・・・何で去年もそうしなかったんだろ。

今回の遠征メンバーは、ブランの3人(オカモト、高橋、アダチ)、前Drの高橋(あ)、そして共通の知人である金、安の総勢6人。
6/20(土)羽田を7時半に発ち、9時前に大阪入り。すかさず売店で「ぴあ 関西版」を購入。・・・お、載ってる載ってる。・・・ちと待て「プラン」って何だよ。・・・まぁいいんだけどさ。

初日は特に予定もなく観光に集中。そのまま京都へ。
祇園の町を散策。石畳の趣ある通りに心和む。
円山公園にてほっと一息ならぬボーっと一息。ついさっきまで東京にいて日々あくせくピリピリしていたことが信じられない。何もしない幸せってのもあるんだな。

飯も食べず夜7時、ギューンのスハラさんにご挨拶へ伺おうと心斎橋のスタジオ・パズルへ。一年ぶりの再会。我々一同をあの笑顔で暖かく迎えてくれる。
別行動を取っていたブラン高橋ともここで合流、しばし談笑。笑い過ぎで頬骨が痛い。ああ、この感覚も1年ぶり。こんなに笑ったのは久しぶりである。

今回リリースされたブラン収録のギューンカセット・サイケオムニバス「あぶない音楽」は売り上げが好調らしく、ライブ会場で販売する数十枚をのぞいて在庫無しという状況だとか、
「500枚じゃ足らんねぇ」
とスハラさん。
いやいや正直不安だった。いくらギューンのネームバリューがあるとはいえ、自分らの曲が収録されたCDが500人もの人々にホントに行き渡るんだろうか、ギューンの失敗作になってしもたらどうしよと思っていた。別に私の財布が痛むわけではないのだけれど、売れなかったら、2度とギューンからの我々のリリースは無いだろうなとまで考えていた。
先月末に新宿の某CD店で10枚の入荷を確認し、その一週間後、在庫が2枚になっていた時も「売れてるなぁ」の喜び半分、「返品されたんかなぁ」の疑い半分であった。いやいやどうやら素直に喜んでいいらしい。 でもでもそもそも我々単独の音源ではないわけで、そんな心配は最初からいらなかったわけで、他に関西の有名どころが参加しているわけで、そもそもウチ目当てで買う奴はいないわけで。お目当てのバンドがあって、ついでに我々を気に入ってくれたら儲けもの。何はともあれ売れてて良かった。

そしてまたまたスハラさんからうれしいお知らせ。
このCDからウチの音源がFM長崎でオンエアされたそうだ。ある番組の「あぶない音楽」(CDのタイトルとは無関係だそうだ)という特集の中でサニーディ・サービスに続いて「自爆」が流されたそうだ。何の曲かは知らんがサニーディの作品の後に「♪お前え?の?正義とやらは?オレを粉々にした?」とやられては長崎県の方々もさぞかしたまらなかったことだろう。

そんなこんなで数時間。笑いすぎで頬骨はすっかり筋肉痛。時間も時間であったのでパズルをおいとますることに。
(今回初めてお会いした郡さん、昨年レコーディングでお世話になった森本さん、ありがとうございました。スハラさんは絶対パズルの従業員を人物の面白さで採用しているに違いない。昨年パズルでお会いしたマディグラのcottonさんは別バンドでフランスツアー中でお会いできなかったことを残念に思います)

外に出てふと気づく。朝から何も食べていない。京都観光とスハラさんとの再会の喜びで精神状態がかなり高ぶっていたとはいえ、さすがに腹が減った。
アダチ、ブラン高橋、高橋(あ)は周辺で食事を、残る3人はTVでサッカー観戦がしたいということで、パズル前で別れる。食事組、ご迷惑かとは思いつつスハラさんを食事にお誘いする。「ええよ」とすぐさまやってきていただく。本当はどうやらこの日、羅針盤のレコーディングがあったらしく、我々なんぞに付き合っている場合ではなかったらしいのだが
「こうなるのはわかっとったから」
と一言。・・・何ていい人なんだ。
スハラ「何食べたい?」
ア高高「お好み焼き!」
一同、スハラさんの車へ乗り込み梅田のおすすめの店へ。
う、うまい・・・・。極度の空腹状態と云うことを差し引いても本当においしかった。店の名前を控えるのを忘れてしまい、ご紹介出来ないのが残念であるが、それでも気になる方がいらっしゃったとしてもギューンカセットの方に「ブランと行ったお好み焼き屋は?」などと問い合わせたりはしないように。
今度は酒が入り(スハラ氏は運転があるため烏龍茶。念のため)、またもしばし談笑。頬骨イテテ。

店を出て酔った勢いで商店街の真ん中で記念撮影、宿泊先までお送りいただきそのままベッドへ倒れる。 就寝深夜1時。ああ、来て良かった・・・。

2日目。
遊んでばかりもいられない。今回何のために呼んでいただいたかと云えば、良い演奏をするため。
朝9時に一同ロビーに集合、再び心斎橋へ。ブランはパズルでリハーサル、他は神戸へ観光。
慣れないスタジオで勝手が分からず戸惑うが、細かいことは気にせず演奏曲目の確認程度にとどめる。
寝起きの練習は声が出ない、身体が動かん。

練習終了後、パズルでスハラさんを待つ。ジャンケンで負けた私がアメリカ村名物甲賀風たこ焼きを買いに行く。ここに来たらやはりこれを食べなくてはいけない。・・・やはりうまい。柔らかいのに粉っぽさが全くない。東京にもうまいとされるたこ焼きや数あれどこのおいしさには出会ったことはない。何故これが作れないんだろ。昨年以来、東京でたこ焼きを食べたことはなかったし、食べたいとも思わなかった。一度これ食べたら誰もがそう思うことだろう。大阪人がお好み焼きやたこ焼きでご飯を食べれるというのは、不思議でも何でもない。ちなみにこの店はアメリカ村の三角公園そばにある。是非一度ご賞味あれ。

スハラさんまだ来ず。
楽器をパズルに預け、アダチ、オカモトしばしアメ村を散策。2着1,900円Tシャツ購入後、レコード店「Time Bomb」へ。入り口でファンダンゴの6月出演予定表を発見。すかさず10枚ゲット。・・・お、載ってる載ってる。・・・よし、今度はちゃんと「ブラン」だ。つぅかちゃんと書いてあって当たり前なんだけどな。・・・ちと待て「ex.トンセ」って何だよ。・・・まぁいいんだけどさ。

気を取り直してレコード漁り。BB5「Holland」英国1stプレスアナログを発見。しかも珍しいシングル付きのやつ。しばし悩むが今日は1日楽器持参の大荷物、値段も値段のものなのでこの日は保留、次の日もう一度やってくることにする。

パズルに戻るとスハラさん到着済みでブラン高橋と談笑中。
暑いので早速買ったTシャツに着替える。一同に「似合わん」と不評。大きなお世話である。
以前共演したスパローズ・スクーターの黒瀬さんと再会(確かにカール・ウィルソンに似ている・・・)、ヰタセクの時原さんと初対面でご挨拶。

時間も差し迫り、ブラン、スハラさんの車に乗り込み十三ファンダンゴ入り。
ああ、1年前。同じ時期に大阪入りしていたキリヒトを観に足を運び、その雰囲気の良さに
「いつかここで演奏してみたい、いや演るのだ」
と誓ってから、それがこんなに早く実現することになろうとは。感慨ひとしお。スハラさんへの感謝の気持ちを新たにする。いやいや我々が良い演奏をし続けて努力してきたからだなどと思いたくともやはりスハラさんの力無くしては実現しなかっただろう。

ブランの出演は4バンド中3番目と告げられる。
トリを務めるアンティーク・フォークロアから出番の逆の順番でリハーサルが進められる。
リハーサルでは丁寧にかなり理想的な形を作り上げることが出来た。今回は不思議と緊張が少ない。一方、普段あがるということが無いオカモトが緊張しまくっている。珍しいこともあるものだ。どうしたものか。

リハを終え、一通り他のバンドの出方を確認し、3人、十三の町へ。外は生憎の大雨。商店街のアーケードをあても無くブラブラ。「緊張ほぐしに1杯だけ」と安そうな居酒屋へ。サワー1杯とつまみ1品ずつ注文。オカモト氏おとなしい。・・・おかしい、大丈夫か?
また、3人薬局でドリンク剤を購入。私はマムシドリンクを。これを出番前に飲めば準備万端。やはりロックにドラッグは付き物である。

ファンダンゴに戻ると既に開場済み。大雨に関わらずなかなかの入り。
元フォークロアの金森さんと1年ぶりの再会。ああ、あの笑顔。何度か手紙のやりとりをさせていただいていたので1年ぶりという気がしない。「いやいや私は1年ぶりって感じです」と金森さん。・・・いい人だ。
そして今回同じアルバムに収録のシノワの平田さんと初対面。メールでのおつき合いはあったもののこうして直接お会いすると照れるものです。

それにしても何でこんなに皆さん暖かく迎えてくれるのだろう。別に東京で大人気のバンドでもなんでもないんですよ。いきなり感激モードに入る。・・・幸せ、ホントに幸せだ。

高橋(あ)、金、安も神戸観光から戻り会場入り。
・・・しかし東京で演るよりお客さんが多いってのはどういうことなんだ。
基本的に大阪のライブハウスにはノルマ制度というものがない。しかもライブハウスがある種サークルのたまり場的機能を果たしているようでお客さん側にも「何やっとるか知らんが、ファンダンゴ行ってみよか」という感覚がある。内輪のりになってしまう部分があって良くないという方もいらっしゃったが、大阪人はつまらないバンドには露骨にそっぽを向いたりするらしいので内輪どころかそれこそが健全な音楽シーンなのではないかと思う。よほど人気のあるバンドでない限り、ノルマ制度によって縛られて、来るお客さんと云えば義理堅い友人がほとんど、しかも友人のバンドを観たら帰ってしまうという東京の状況とは大違いである(高円寺20000Vにはノルマ制度はあるものの大阪のライブハウスに比較的近い雰囲気がある。それでも時々「ライブ活動を続ける意味とは・・・」などと考え込んでしまうが・・・。まぁとにかく、東京では20000Vでやれればそれでいいという思いを新たにした)。それにしてもそんな状況では育つバンドも育たない。

予定より15分ほど遅れ、7時15分「あぶない音楽」発売記念ライブついに開演。
トップは京都のずこうびじもく。今回のCDのジャケではメンバーが5,6人位写っていたが、いつの間に3人になってしまったらしい。唄/G、G、Drという編成。
ギャラクシー500から狂気を引いたようなサウンドと文学的歌詞がとても気持ちいい。うっとりとやさしい気分になった。特に後半の「コスモス」が印象的。抽象的な描写が続いた後の「君のコスモスは強い」の断定形のリフレインには参った。いきなり涙がこみ上げて来た。おいおい、しょっぱなから泣いててどうする。

続いて登場はヰタ・セクスアリス。
何て表現したらいいんだろ。歌謡サイケロックか。1曲1曲が耳にこびりついてくるようだ。さっきリハで数曲聴いただけなのにもう憶えてしまっている。
フロイド「See Emily Play」のカバー「かのじょ?は ど?こへ?? シ?エミリプレ??」にはヤラレタ。歌謡とロックが交差する。・・・いいバンドだ。かっこええ。

ヰタセクも残り数曲となり、いよいよ出番が近づいてくる。自ずと緊張が高まるが、それほどでもない。酒が入ってはいるがとても冷静だ。マムシドリンクも良い方に作用してくれたようだ。
楽屋へ戻るとオカモトが黙々とスティックの素振りをしている。こんな姿を見るのは初めてだ。あがっているのか。
「素振りしてたら落ち着いてきた」の言葉に一安心。
ブラン高橋は「緊張する緊張する」を連発。でもこいつのステージ度胸はかなりのもの。大丈夫だろ。

ヰタセク演奏終了。いよいよ出番、さぁ行くぜ。

演奏曲目は以下の通り。
・オレハ貝ニナル
・夢うつつ
・夢
・月光
・硬直
・炎
・君をさらって
・Lorca(仮題)
あっという間だった。というか頭の中が空っぽ。「うつつ」の後に珍しくMCをやってみたが(それにしても大阪のバンドはしゃべりがうまい)一体何をしゃべったものか。
録音テープを聴く限り、悪くない演奏だったと思う。

ブランとなってからちょうど1年。バタバタしつつも何とかここまでたどり着いた。満足と云っても良いかもしれない。気になったことといえば誰かがステージ横に置いたスネアが我々の演奏中、振動しまくっていたことぐらいか。全体を通しては問題なかったが、極端に静かな曲「夢」の演奏時には正直気になった。「常識知らず」と怒ってもよいが、まぁ良しとしよう。

・・・終わった。
楽屋へ向かうとスハラさんがいつもの笑顔で迎えてくれた。「よかったよ」その一言で十分。・・・・来て良かった。幸せだ。

汗だくになった服を着替え、会場へ戻る。演奏も終わり、あとは楽しむのみ。
トリはアンティーク・フォークロア。とんでもないキャリアの持ち主だ。
今年4月頃のフリーボとの共演ライブに足を運んだオカモトに「日本であんなブリティッシュ・フォークの音出してるバンド初めて観た」と云わしめた。今回のアルバムの音源も素晴らしかった。
途中ギターの弦が切れるというアクシデントがあったが、圧倒的な存在感。共演出来て光栄です。

夜10時半、ライブ終了。さぁ今度は飲みまくるのみ。
会場で金森さん、平田さんらと会話。ずこうびじもくの三木さんが「ブランはんよかったですわ」とご挨拶。おっとりしたとてもいい方。三木さんは2年ほど前に我々(当時 遁生)が高円寺20000Vでギューンの企画に出演した際、スパローズ・スクーターに同行してやって来ていたそうだ。「観るの2回目なんですわ」・・・いい方だ。

スハラさん「いい企画だった」を連発。その言葉、何よりうれしかった。企画に傷をつけることにはならなかったようだ。本当に楽しかった。

ずこうびじもく、平田さんら京都組とお別れし、隣の焼き肉やへ打ち上げになだれ込む。
「さぁみんなテーブルの上に2,000円ずつ出して」と店のおばはんの一言。先にお金を払ってその分の飲み物、肉が出てくるシステムらしい。しかしたった2,000円で大丈夫なんかな。
・・・うわ、食いきれん。大皿に肉、キムチ、野菜と続々出てくる。そしてうまい。
アンティーク・フォークロアのメンバーは酒乱だという噂を聞いていて、最初少しビビっていたが、決してそんなことはなかった。ブラン高橋の「ウチにも酒乱がいるから大丈夫」って誰のことだ。
Gのサンカイさんと会話。すげぇいい方。
voのサンカイさん(ご夫婦でいらっしゃる)はお仕事の都合でちょうど我々が演奏中に会場入りしたそうで、「東京のバンドもう終わったものだと思ってて、まさかこんな濃い?バンドがそうだとは思わなかった」とおっしゃっていた。「東京のバンドは薄いのばかり」とおっしゃっていたのでこれを最高の褒め言葉と受け止める。

ヰタセク時原さん、カメラマンのトンデンさんとも会話。トンデンさんはありじごくのメンバーでもあり、演奏中に書道をし、次々天井からぶら下げていくそうだ。メンバー一覧に「vo.誰それ g.某 ・・・書道.トンデン」とこられたらたまらんな。
そんなこんなで深夜12時を回る。打ち上げもお開きに。腹一杯。楽しかった。

いよいよ皆さんともお別れ。
スハラさんまたも「ホントいい企画だった」・・・・はい、本当に。ここに居れたことを幸せに思います。
我々「ありがとうございました」と頭を下げる。「また絶対呼ぶよ」とスハラさん。「絶対」だ何て・・・。我々は精進を続けなければならない。そうすればきっとまた大阪に呼んでいただけるだろう。大阪で演奏するために音楽をやっているわけでは決してないが、我々の音楽に魅力があってこそ、このようなたくさんの人々との交流ができるのだ。

音楽を続けてきて本当に良かった。
スハラさんをはじめ大阪皆さん、本当にお世話になりました。ホントにホントに楽しかったです。
幸せすぎて東京に戻るとしばらく「大阪ブルー」に陥ります。去年もひどかったが、今年もダメだろうな。

そんなわけで我々一行は、次の日てんでバラバラでおのおの大阪観光をし(BB5「Holland」はもちろんゲット)、夜9時に東京へ戻った。
・・疲れた。楽しかった。幸せ者です。
ボー・・・・・・。

日曜日, 6月 14, 1998

1998年6月14日(日) 高円寺20000V

1998年6月14日(日) 高円寺20000V

●出演
?(記録無し)
演奏曲目は以下の通り。
1.オレハ貝ニナル
2.硬直
3.夢うつつ
4.夢
5.月光
6.炎
7.君をさらって
8.Lorca(仮題)
「炎」は遁生初期の楽曲のリメイク。「月光」も何度目かのリメイクで久々に演奏。決して悪くない演奏だったとは思う。

ライブ直後の放心状態は毎度のことなのだが、今回はいつにもましてひどい。
一体ライブハウスで演奏活動を続ける意味とは何なのだろうか。日々の活動の中で作り上げた楽曲の発表場所?だったらこんな一発勝負のあぶない橋など渡らずに、何度も何度も自分の納得のいくまで音を重ね上げることが出来る音源発表の手段のみを選べばよいのではないか。

他のバンドからの刺激を受けるため?だったらそういうバンドを見に足を運べばよい。お膳立てされたパッケージの中で「これはスゴイ」などというバンドに出会ったことなど数えるほどしかない。まぁ、その程度のことしか私がやってないからなのかもしれないが・・・。じゃあ自分で企画を興せばいい?私がやりたいのは自分のための音楽であって先にライブありきなのではない。

矛盾しているだろうか。何だか自分で自分がわからない。自分の音楽に自信が持てなくなってしまっただけなのか。それなら終わりだな。

確かにライブという瞬間瞬間の表現形態は楽な面がある。音を放った瞬間それは消えて無くなってしまうのだから。そりゃあごまかしも効くだろう。果たして今まで完璧な演奏というものをしたことがあっただろうか。私は今すぐにでも自分の音楽の完成形が見たい。
1998.6.14. アダチ(ブラン)