アダチ龍光さんと東久留米 [フィールドワーク編]

続きです。

「子供の頃、アダチ龍光さんの近所(2軒隣り)に住んでいました」というYさんから、先週メールのお返事をいただきました。メールには詳細な地図と画像が添付されていました。感謝感激。


(地図への説明の記載と提供:Yさん)

アダチ龍光さんの情報です。

住所
 当時:東京都北多摩郡久留米町大字落合24番地 (たぶん)
     (東久留米ではなく“久留米“です)
 現在:東京都東久留米市新川1-3-?


 当時は西口はなく改札がひとつでした。
 当時の改札は現在の北口です。
 駅前ロータリーなどはなく、バスの折返し場があるのみでした
 
商店街
 商店街は地図の緑線で示した辺りです。
 アダチ邸の裏は畑と第一製粉があるだけで、商店はありません。

道路
 駅東口から伸びる大きな道路はなく、青点線の道を通って駅に行っていました。

写真
 6年位前に訪れた事があるので、その時の写真を貼付します。
 ・路地の奥がアダチ邸があった辺りです
 ・路地からみた畑の風景は当時のまま
 ・旧駅舎が北口として残っていました。
  当時は後ろのマンションや自動改札はありません。

これが北口駅舎画像。

(2005年頃、Yさん撮影)

果たしてアダチ龍光が晩年を過ごした東久留米に関する雑誌「新評」1978年1月号掲載の記載


 アダチ龍光先生のお宅は、西武新宿線東久留米駅から歩いてほんの一、ニ分のところにある。
 駅前商店街の真裏なのだが、ご近所にはまだいくらも畑地が残っており緑がいっぱいいだ。
 なんでもこちらに越してきて11年になるそうで、先生の健康をおもんばかって、十条から移ってきたのだという。

の真意は如何に!?

もうこうなったら自分の目と耳と足を頼りにするしかありません。

という訳で本日。東久留米へ出かけました。

●北口は残ってる!?
電車を乗り継ぎ約40分。
広く新しい駅、改札、お店。
表示を見ると改札を出て左に進むと「東口」「北口」の文字。

「北口がある!」「あの駅舎が見られるのでは!?」

とわくわくして足を早めるが、見えて来たのはこの風景。

ここにはもう改札はなく、エスタレータを上って東口まで100mほど歩かなければならない。

エスカレータの奥に進むと、駅ホーム手前に柵があって、こんなちょっとした広場があった。これって旧駅舎の面影を残したものなのだろうか?

思わず、近くを通りかかったおばぁちゃんにYさんからいただいた旧北口駅舎の画像を見せて声を掛ける。

「ここって、以前はこのような改札だったんですよね?」
「うん、そうです。去年だか、一昨年になくなったんです。」

ほー。そうなのか。
つい最近まであの駅舎が残っていたらしい。

「今、昔東久留米に住んでいたアダチ龍光という手品師について調べているんですが・・・・。」

「うーん。ちょっと知らないですねぇ。交番で聞いてみたら?」

いやいや焦るな焦るな、オレ。

東口から北口へ左に曲がる角に「東久留米駅北口について」という看板があったことにあとから気づきました。

たくさんの画像とともに次のような記載が。

東久留米駅北口は、平成22年5月29日に「Emio(エミオ)東久留米」として新たに生まれ変わりました。
平成22年1月22日に閉鎖となった東久留米旧北口駅舎は、昭和24年に改築されて以来60年あまり、地元の皆様をはじめ東久留米駅周辺に訪れる多くのお客様をお出迎え、お見送りして参りました。(以下略)

確かに、昨年まであの駅舎はここに残っていたんだ。

そして、駅員さんに、この北口を引退に追い込んだ(?)東口がいつ出来たかを聞いてみました。このような面倒な質問に、資料を奥から出して来ていただき、丁寧に調べていただきました。

現在メインの改札となっている東口、西口への駅舎が完成したのは平成6年とのこと。
つまり17年前までは西口もなかったということか。
で、この十数年で駅前の開発が進み、現在の姿になったということか。

しかし、時の流れのすごいこと、すごいこと。

●駅から徒歩1〜2分の真意
北口からあたりを見回す。商店街らしきものが確認できた。

では今度はYさんの地図に従って、開発前の道を通り、北口から龍光さん宅へのルートを歩いてみる。

 アダチ龍光先生のお宅は、西武新宿線東久留米駅から歩いてほんの一、ニ分のところにある。
 駅前商店街の真裏なのだが、ご近所にはまだいくらも畑地が残っており緑がいっぱいいだ。

この記述の真意や如何に?

ストップウォッチをスタート。地図を片手に歩き始める。
駅前商店街のメイン通りを左手にまっすぐしばらく進み、右に曲がる。現在の東口駅前ロータリーを渡り、細い道に入る。

あ!
右に第一製粉の工場が見える。第一製粉の社長は、駅前商店街の商店会長さんなんだよな、確か。

左に公園が見えて来た。辺りに商店らしいものは全くない。
「駅前商店街の真裏」という記述はやはり間違いなのだろうか。

やたらと英語を話す子供たちが多い。

しばらく進む。
右にYさんの写真にあったと同じとおぼしき畑が見えて来た。

あれ?
目印の大山製作所はどこだ??

振り返ると、あったあった!「大山製作所」の看板。

ここを曲がります。

昔ながらの米やと酒屋がコンビニに鞍替えしたというたたずまいの「リカーショップしみず」という店が右手に見えます。そこにたむろしている子供たち。この子たちも英語で会話をしています。

左手に畑、突き当たりにインターナショナルスクール「クリスチャン・アカデミー・イン・ジャパン」が見えます。なるほどなるほど。英語の会話が聞かれるのはそういうことか。

Yさんの地図に従うと、この「リカーショップしみず」の手前を右に入った路地の突き当たりが龍光さん宅のあった場所となります。

多分ここです。
築数十年とおぼしき住居も数軒ありますが、まだ新しいアパートも。
でも、「ここに龍光さんが住んでいたのか」と思うと何とも感慨深くなります。

さて。

ストップウォッチを見ます。

スコアは6分を超えています。
少々迷ったとはいえ、「西武新宿線東久留米駅から歩いてほんの一、ニ分のところ」というのは事実とは異なっているものと思われます。

急いで歩いて5分。不動産屋なら「北口徒歩10分以内」と書くのが無難でしょう。

ここまで来たら地元の人の声を聞きたい。
そんな訳で、ヒアリングに動くことにしました。(つづく

【関連コーナー】
アダチ龍光さんのこと

 

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