ビートルズ来日公演公式映像の罠
先日入手したSGTレーベルのDVD2枚組、収録時間7時間超えのビートルズ来日公演関連映像集「THE BEATLES IN JAPAN 1966-50TH ANNIVERSARY EDITION」を暑さで朦朧となった頭で眺めています。
来日公演は、初回となる1966年6月30日の夜(通称「The Dark Suits Show」)と、翌7月1日の昼(通称「The Light Suits Show」)が、日本テレビによって撮影され、1966年7月1日21時から日本テレビで放送された「特別番組 ビートルズ来日公演」では、後者の7月1日昼公演の模様が放送されました。
初回6月30日夜公演の映像は、マネージャーのブライアン・エプスタインからNGを出されたと言われています。
ポール側、下手のマイクのヘッドが固定されておらず、ぐるぐる回転するのを頻繁に直しながら歌うトラブルがまず印象的で、かつリハーサルも出来ずぶっつけ本番のステージで、楽器は半音下げでのいわば「置きに行った」演奏でした。
現在では、海賊版という手段を通じてではありますが、マスターテープに近いクオリティで、2公演とも映像を観ることができますが、本来はこの「マイクぐるぐる6月30日夜公演」が幻の映像となるはずだったわけです。
しかし、ビートルズ解散後に生まれた後追いの僕たちにとって、この「マイクぐるぐる6月30日夜公演」こそがビートルズ来日公演映像ではなかったでしょうか。
このことを何となくではありますが、ずっと不思議に思っていました。
さて。
今回のDVDには、これまで日本テレビがビートルズ来日公演を「再放送」した全番組、1978年「木曜スペシャル『ビートルズ・日本公演!今世紀、最初で最後、たった一度の再放送』」をはじめ、1980年のポール・マッカートニーの来日、大麻所持で逮捕、ウィングス来日公演中止を受けてのビートルズ特集番組、そして私が初めて来日公演映像に接することになった1988年の「また逢えてよかった!! 今甦える ビートルズ、プレスリー、マイケル・ジャクソン 世紀の熱狂ライヴ」も収録しています。
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ここに、歴史に仕掛けられた罠を見つけることができます。
初めてビートルズ来日公演を「再放送」した1978年の番組を観ると、本来ボツになったはずの、「マイクぐるぐる6月30日夜公演」が放送されていたのです。
なんと。
「再放送」を謳いながら史上初公開映像を放送していたという贅沢なお話(演奏の質云々は置いとたとしても)。
そしてこれは、1980年(つまり、ホントはこの時が初めての「再放送」だったわけです)、現時点で最後の再放送となる1988年まで引き継がれ、気がつけば、ビートルズ来日公演映像といえば、「マイクぐるぐる6月30日夜公演」こそが公式ということになっていたわけであります。
1988年の放送で、進行を務める山口美江は「あの日放送されたままの熱狂が今蘇ります」と言います。
そして放送では「アップル・コープス・リミテッドの許諾のもとに放送されています。」とのクレジットも出てきます。
これはボツになった映像ではなかったのでしょうか。
とすると、1966年に1度放映されたきりの7月1日の昼公演の映像は、今どこにあって、今一体どんな権利のもと管理されているのでしょうか。
ところで「エプスタインが持ち帰った(=日本にはない)」とされる7月1日版も、ブートレグではクリアな映像・音質で流通している。本当に、現在アップルにしか存在しないのだろうか。ここで重要な出来事を紹介しよう。何とVAPから公式にリリースされかけたことがあるのだ。その告知を見て驚き、当時あわてて予約したものだが、リリースは夏まで延びたうえ結局「制作上の都合により7月1日公演分から6月30日公演分となります」とお詫びつきで、従来どおりのNG版が出ただけだった。一旦はアップルの許諾まで取ったとしか思えない出来事ではないか。(中略)
現在の7月1日版に限らず、日本公演映像の所在に関しては権利関係も含め、今後の研究課題である。
と明確な答えを得られずに(もしくは明らかにせずに)います。(P235)
(ちなみに7月1日昼公演映像が「VAPから公式にリリースされかけたことがある」というのは、1993年の出来事。)
近年にて7月1日昼公演映像が公式にリリースされているのは1995年放送、後にソフト化された「アンソロジー」にて「ロック・アンド・ロール・ミュージック」「イエスタディ」のみです。
さて。。
ビートルズ来日公演の「再放送」が一貫して「マイクぐるぐる6月30日夜公演」であった弊害を感じることも出てきました。
NHKによる2006年放送の特集「来日40周年 ビートルズの103時間」。
宮永正隆さんの「ビートルズ来日学」も踏まえているのでしょう。ツボを押さえた証言者の発言にて、ビートルズの日本滞在を時系列で丁寧に追った番組です。放送当時に見た記憶もすぐに蘇ってきました。
清志郎とチャボが並んで、当時のことを回想するインタビューも、2人の対比がとても印象的です。
この中で、7月2日公演最終日のくだり。
最終日のコンサートを見ていたひとりの高校二年生。
この高校生は、のちに日本人なら知らない人はいない、という有名なコメディアンになります。
というナレーションのもと証言者として登場する志村けん。
彼が、高校生のころ7月2日昼公演を観ていること。
数年後弟子入りを志願するドリフターズの前座での出演が6月30日夜と7月1日昼夜公演で、「運命的なニアミス」をしていること。
そして彼が隠し録りをした(しかし、あまり上手に録れなかった)音源があることはよく知られた話です。
その志村けんの冒頭の発言。
公演の時にポールが歌う時、どうしてもこう、マイクが、回っちゃうんですよね。
あれが、ちゃんとしとけよ、と思いましたからね。
音声なにやってんだって思いましたからね。
・・・愕然としました。
(NHK「来日40周年 ビートルズの103時間」より)
明らかに志村氏は、自分の目で見た、体験した7月2日昼公演の記憶と、その後なぜか公式音源として繰り返し放送された6月30日夜公演の記憶を混同してしまっています。
時系列に沿い、丁寧な取材をしたことがうかがえるこの番組の最後で登場するこのシーン。誰か疑問に思うスタッフはいなかったのでしょうか。
ティーンエイジャーを13歳から19歳の若者と定義するなら、1966年当時の目撃者は1947年〜1953年生まれの方、つまり65歳〜71歳の方ということになります。
そして当時の20代の若者たち、30代、40代の大人たちの現在の年齢を考えると・・・。
もし、ビートルズ史学というものがあり、それが後世に重きがあるのだとしたら、生の証言を得る時間は限られて来ています。
もし自分に手伝えることがあるのなら、出来ることがあるのなら・・・と思わず熱くなってしまった猛暑の昼下がりでありました。
はじめまして。興味深く読ませていただきました。私は20代前半の頃、VAPから発売された
ビートルズ武道館公演のビデオを買いました。黒のスーツがステージ衣装で、マイクが動いてしまって
メンバーが頻繁にマイクの向きを直しながら演奏していた時のものです。私はこの公演が1966年に日本テレビで
放送された物だと当時思っていたのですが、実は違っていたと知ったのはそれから随分と時が経ってから
でした。
色々と調べると、6月30日の公演は当時のビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタイン氏から
NGを出された事、そして、テレビ放映されたのは、7月1日昼の公演のものであること。
なんだそうだったのかと、残念な思いをしたのをよく憶えています。そして、6月30日の公演は
ギターのチューニングが半音下げになっていたことも後に知ります。7月1日の公演は、音源で聞いたことが
あるのですが、やはりメンバーのノリなどが違います。6月30日の物をエプスタイン氏がOKしなかったのも
わかる気がしました。
それにしましても、7月2日の公演を実際に行って観ていた志村氏が、6月30日の公演と記憶が
混同してしまうのはやはり、その後、テレビで放映されたマイクぐるぐる公演がより強く印象に残って
しまったからなのでしょうか?エプスタイン氏が持ち帰ってしまったマスターテープは今どこにあるのでしょうね。7月1日の公演が正規版でリリースされること日(限りなく可能性は低いでしょうが)が来ることを願わずには
いられません。長文失礼しました。