読後感想文:萩原健太「50年目の『スマイル』」
楽しみにしていた萩原健太さんの新刊「50年目の『スマイル』」(ele-king books)を一気読み。
本書はビーチ・ボーイズの1967年の未発表アルバム「SMiLE」を語ることを主としながら、1979年のいまだ隠遁生活を引きずっていたブライアン・ウィルソンを伴ってのビーチ・ボーイズの来日公演から、1999年に最強のバックバンドを得ての本格的ソロツアーの開始、そして昨年2016年に至るまでの、ブライアンのライブ活動が切り口となっています。
1999年の来日公演の興奮とそわそわを私はこのように書き殴っています。(リンク先参照)
この時は「ブライアンを観れるのはこれが最初で最後なんだろうな」という思いだったというのが正直なところ。まさかこの後、「Pet Sounds」が全曲再現されたり、まさかまさか「SMiLE」が2004年に完成形を提示され、しかも生演奏されることになるとは。そして、ブライアン名義で、果てはビーチ・ボーイズ名義で「SMiLE」がレコーディング音源としてCDに刻まれることになるとは。
この数年間のめくるめくワクワク感と驚きと感動の連続の高揚感といったらありませんでした。本書はそれを改めて健太さんとともに追体験させてくれます。
この物語のひとつのクライマックスは、2004年2月20日、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで行われ「SMiLE」の初演でしょう。
かつてポップ・ミュージックの高みを確信とともに目指しながらも、結果自己を精神崩壊にまで追い込んで完成の叶わなかった、あれほどまでに忌み嫌い続けていた楽曲群に、30年以上を経て向き合い、ついには「SMiLE」として完成させ世に示した歴史的な夜であります。
この時の模様はDVDとしてリリースされています。
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演奏前、演奏中のブライアンの不安で不安で今にもステージから逃げ出してしまいそうな危うさと、バンド全体を覆う緊張感があまりに印象的でした。
そして、演奏終了後の観客席の大喝采を受けてのブライアンの「SMiLE」の呪縛から解き放たれたかのような晴れ晴れしい表情と言ったら・・・。
編み上げ組み上げられた「SMiLE」の素晴らしさと相まって、思い出しただけで、今でも思わず熱いものが込み上げて来てしまいます。
この時、何より感動したことは、完成した「SMiLE」がまさしく「ポップ・ミュージック」であったという事実。ブライアンが世に音を問う以上、当たり前のことではあるのですが、この当たり前がとてつもなく心に響いたのです。
2004年のブライアン版「SMiLE」リリース当時、私はこう書いています。
完成楽曲、未完成楽曲含め、ほとんどのパーツはビーチボーイズのオリジナルアルバムの中や、ブートで耳にしていたものでした。
そこに若干のメロが追加され、30数年の時を経て、2004年の今、ひとつのアルバムとしてまとめられたわけです。
これまでどこか陰鬱なイメージがあった「SMiLE」でした。
しかしこうしてパーツの点と点が結ばれたことで、ユーモアというか楽しさというか明るさというか、非常に「ポップ」な感覚が全面に出てきているのが、不思議で仕方がありません。パーツはほとんど同じなのに・・・。
(中略)
いやぁ楽しい、素晴らしい。そして、どうしてもたまらない気持ちになってしまいます。
(中略)
「もしも30数年前に完成させていたら・・・」
という議論はこれが出た以上もういらないと私は思ってます。別にブライアンの苦悩の物語や気狂い伝説を知った者だけのための「SMiLE」じゃないのです。
こうして「ポップミュージック」として目の前に「SMiLE」がある。
この事実がうれしいではありませんか。そして私は相も変わらず何度も何度も聴き続けてます。
いやぁ楽しい、素晴らしい。そして、どうしてもたまらない気持ちになってしまいます。
それまで数十年に渡って公式、非公式にリリース、または漏れてきた「SMiLE」関連のレコーディング音源。
僕らの手元には何時間分にも及ぶ音源がありました。
幾多の海賊版業者が、ビーチ・ボーイズ研究家が、そして自分自身で、その音源から順列組み合わせをして「マイSMiLE」を作成し、「SMiLE」の完成形を夢想しました。「SMiLE」の夢想で完成形を作り上げるSF小説「グリンプス」なんてものもありました。
しかし、どんなに素材が一緒でもシェフが違えば出来上がる料理は全く異なるもので、2004年のブライアン版「SMiLE」には、「魔法使いでホントにいるんだ」ということを実感させられたわけであります。
嗚呼「SMiLE」万歳!
さて・・・。
本書では、「SMiLE」以前、以後のビーチ・ボーイズとブライアンの栄光と葛藤と挫折と復活の物語も健太さんが丁寧に解説しているので、「SMiLE」とはなんぞや? ビーチ・ボーイズとはなんぞや? ブライアン・ウィルソンとは誰ぞ?という方へにもやさしいので置いてけぼりになることはないかと思います。
本書の副題「ぼくはビーチ・ボーイズが大好き」に、初見では「何を天下の健太さんが今さらわざわざ・・・」と少々こっ恥ずかしくなってしまったものの、読後の今は共感しかありません。
だってだって好きなんだもん。
好きだって言わずにいられないんだもん。