三島由紀夫と四谷四丁目
「裏ビートルズ来日学」にともないます、「多満川」ご主人柳谷様とのやり取りの中で
「四谷四丁目にあった三島由紀夫の生家を探している人がいる」
というお話が浮上。
「え!? そんな話が!」
と、ウェブで検索すると、確かに三島は東京四谷区永住町(現・新宿区四谷四丁目22番地)で生まれたとの記述が。
しかし。
四谷四丁目恐るべし。奥が深すぎ。面白すぎ。
現在の三島の生家の該当位置を特定している記載もたくさん見られて、現在のおおよその場所は認識できたのですが、是非とも三島が生まれた1925年(大正14年)〜昭和初期の住宅地図などでウラ取りをしたいものです。
今のところ私の手元にある最古の地図が、1937年(昭和12年)作製、1937年(昭和15年)修正「四谷区 火災保険特殊地図 旧35区」。
現在の四谷4-22を見ると・・・・え? 「三島」という文字が!!
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三島由紀夫の本名は平岡ですので、「まさか!?」とも思うのですが、「火災保険特殊地図」の作製の目的は、住宅地図と違って、火災保険会社のために「保険が売れると見込まれた市街地」を記録する、ある種営業目的のものと思われますので、居住者名等は必ずしも正確ではない可能性が高いのではとも察します。
事実かどうかは知りませんよ。
でもワクワクすることこの上なし。
日本中がスマホ片手に仮想世界のモンスターを追いかけている中、一方でかつて実在した文豪の生家や、昭和の料亭とトルコ風呂の幻影を目の前に具現化させようとしている・・・これまたロマンじゃあ、ありませんでしょうか。
改めて・・・。
四谷四丁目恐るべし。奥が深すぎ。面白すぎ。