アダチ龍光の師匠の父親のお話:「悲願千人斬の女」読前レビュー
先日、松沢呉一さんから
「木村荘平の伝記を読んでいたら、木村マリニーが出てきた」
とご紹介いただいた小沢信男「悲願千人斬の女」(筑摩書房)が着荷。
木村マリニーは奇術師アダチ龍光の師匠であります。
龍光さんが20代前半の役者時代、相部屋だった仲間、木村春夫(本名:木村荘七)に活動弁士になりたいと相談し、彼に紹介状を書いてもらって大阪に尋ねたのが、荘七の兄で大阪千日前の映画館、敷島倶楽部(現・敷島シネポップ)で主任弁士をしていた木村紅葉(本名:木村荘六)。
これが、大正8年か9年のお話。
「すぐ来い」と言われ、龍光さんが大阪に向かうと、紅葉は
「やがて映画というものも、もの言う時代が来るよ。」
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とすでに芸名を木村マリニーに変えて奇術師として活動していたというのです。頼って大阪まできた師匠が奇術師になってるなら、オレもなろうって、志はどこに?って鞍替えしちゃうのが龍光さんらしい。
アクシデント的に龍光さんの奇術師の道がスタートするわけです。
ここに出てくる木村荘六、荘七の父親こそ本書「悲願千人斬の女」で取り上げられる木村荘平であります。実業家にして、市議会議員をやったり、上野に競馬場を作ったり。正妻の他に多数の愛人を持ち、授かった子供が男13人の女17人の30人。
で、その子供たちが、文学、演劇、映画、絵画の世界で幅広く活躍するのです。
この辺りまでは知っておりましたが、木村荘平さんの実像を知れるのがとても楽しみです。
*上記参考資料:席亭・立川談志のゆめの寄席_第十集 第五夜 下:漫談 アダチ龍光「僕の人生」と、
「アダチ龍光さんのこと 年表wiki編」
http://seesaawiki.jp/ryukou/
1919年(大正8年/23歳)~ の項
木村荘平を含め、この本は4人の「破天荒な人物」を紹介するというう内容。
表題の「悲願千人斬の女」松の門三艸子という人は不勉強にて知らないのですが、残るは「日本一の狂人」葦原将軍、「超俗の怪物」稲垣足穂。
芦原将軍!
久しぶりにその眩しいお名前を目にしました。
自らを将軍、後に天皇とも名乗った、精神を病んでしまったお方。
精神病院の巣鴨病院、松沢病院にいながら、何故か世間から注目された云わば「狂人スター」。
何か世間で大事件が起きると芦原将軍のコメントが新聞記事になったといいます。
私自身は、そんな芦原将軍の強烈なエピソードのみ記憶に残っているのみで、彼の生涯に関しては知らないのです。
「あれ?なんで芦原将軍のこと知ったんだっけ?」と本棚を見返したら、澁澤龍彦「狐のだんぶくろ」収録のエッセー「芦原将軍のいる学校」、種村季弘「アナクロニズム」の前書き「蘆原(ママ)将軍考」、あとは、宮武外骨の出版物であったと思い出しました。多分いちばん面白おかしく取り上げてた宮武外骨の出版物の印象が大かと・・・。
稲垣足穂は、学生時代澁澤龍彦からの派生で読んだものと記憶しています。
飛行機愛や「一千一秒物語」は、あがた森魚が音像化している世界観。
個人的には「少年愛の美学」、学生時代先輩が「人間は竹輪であることをまず認識しよう」と力説していた背景にあった「A感覚とV感覚」が印象に残ってます。
写真で見られる本人のごっつい姿からは想像が付かない透明感のある文章が好きでした。
以上、読前に思ったことであります。
読みどころたくさんの予感で楽しみです。