
第6回 脱構築(?)の「ソフトロック」(前編)
【はじめに】
近年、『VANDA』誌による御尽力によって、一般音楽カテゴリーとして定着した「ソフトロック」。最近では、どのレコード屋にも「ソフトロック」のコーナーが設けられ、そこには『VANDA』誌や、『VANDA』誌編纂の『SOFT ROCK A to Z』に紹介されたアーチストがずらりとならんでおります。
私もその『VANDA』誌や『SOFT ROCK A to Z』を手がかりに、昨年、昨々年とそのようなレコードをひたすら漁っておりました。
現在の「ソフトロック」のカテゴリーに含まれるアーチストは、従来は一般的にはあまり注目されていなかったアーチストが多かったようです。
そのレコードは、「アメリカンロック」「'60ロック」「'70ロック」「シンガー ソングライター」、はたまた「サイケ」のコーナーであまり売れないレコードとしてひっそりとしていました(これは私の実体験です)。
こういう埋もれた「音」を発掘し、世に広く認識させた『VANDA』誌の功績は誠に賞賛に値するものであると思います。
【一】
「ソフトロック」という語とカテゴリーに対しては、不快感を抱く輩が存在していることもまた事実であります(これは「フリーソウル」についても同様でしょう)。
この問題に関しては、事態は深刻であり、軽率な発言が出来ないために現段階では言及は致しません(しかし、稿が進むにつれてその論点だけは明確になることでしょう)。
現在「ソフトロック!!」と提唱される一方で、「ソフトロック??」と「侮蔑」の意味を込めて「ソフトロック」が語られているという、二極分化が確実に起こっていると思うのです。
「音」というものに対する「カテゴライズ(=ジャンル分け)」への批判が生じるのは、「音」の持つ「拡散性」という一面や、その他様々の「音」をめぐる状況から考えても至極当然のことでありましょう。
【二】
「ソフトロック」の興隆の陰には、ある意味「暗黙の了解」的に無意識に育まれた共通意識としての「王道ロック」像の崩壊があったと思います。
「近年若者を中心にロック離れが進んでいる」と、とある京都TVの深夜番組で特集が組まれていました。
私のイトコは現在19才でDJをやっています。
イトコも前述のことを代弁するがごとく、「自分は『ロック』の人間ではない」と断言しており、「自分はクラブ世代の人間」であるとの強い認識を抱いていました。
そして、レコード棚を見せてもらったところ、確かに「王道ロック」は一枚もありませんでした。そこにある「ロック」らしきブツは「シルバーアップルス」のみでした。
このように、いわゆる「若者のロック離れ」の原因に「クラブカルチャー」の台頭が一要素としてあるのは疑い得ない事実でしょう。
その「シルバーアップルス」とは、数年前までは割合「濃い」サイケファンにのみ知られるようなバンドだったのです。
しかし近年、「シルバーアップルス」が、どうも今でいう「テクノ」みたいなことを'60にやっていたということで、急激で極端な再評価がなされ、CDやレコードが再発され、昨年にはなんと来日までしてしまったのです。
「その時代」に要求される「音」が、「その時代」によって「その時代」の視点で「カテゴライズ」され、再評価されるということ。また、従来とは異なった視点で語られるということ。私はこれらは全く常識的なことであると考えます。
「音」とは、「音源化」された時点で作者の手を離れ、それからは「聴き手」によって再解釈されるのが常であるからです。つまり「再解釈」という経緯を経て「音」は命を吹き込まれるものなのですから。
その経緯が「カテゴライズ」へと向うのは当然の成り行きでありましょう。
【三】
「クラブカルチャー」は、従来の音楽史上ではあまり語られることのなかった音楽へ着目しました。いわゆるネタとしての「レア音源」の発掘であります。 これも「ソフトロック」の「カテゴライズ」同様、「軽蔑」の対象として語られるような「行為」でもあったことは疑い得ません。しかし、この「行為」が近年の充実し始めた再発現象に多大な影響を与えていることもまた事実でしょう。
「クラブカルチャー」を通して一般世間におけるマイナー音楽への関心が高まり、その需要に応えるべくして起きたこの現象。それは「クラブカルチャー」を否定する者までもが恩恵を受けました。
これは、「『否定』対象が実は自らにとっては有益であった」という自己矛盾の図式であるといえましょう。
現在では「ソフトロック」も重要な「クラブカルチャー」の構成員です。 「ソフトロック」はいわゆる「レアグルーヴ」のロック版に比類するものと位置づけてもよいでしょう。
つまり、「ソフトロック」もある意味では「クラブカルチャー」の傘下にあり、「クラブカルチャー」とともに育まれたカテゴリーであったといえるでしょう。
【四】
現代「ソフトロック」観のいわゆる生みの親である、『VANDA』誌の佐野邦彦氏には「王道ロック」へのアンチテーゼとしての「ソフトロック」観があるようなのです。
「しかしこういった音楽は今までずっと蔑まれていた。だから今となっては知るチャンスも思い出すチャンスもなかなかなかった。そういった風土を作り出したのは、音楽評論家がポップス軽視の姿勢をとり続けたことが大きい。自作自演のロックは、ミュージシャン自身の考えも投影されているので優れている。反面、ポップ・ミュージックは、スタッフ・ワークでそこに本人の考えなどなく、商業主義の権化に過ぎない、というものだ。そしてブラック・ミュージックへの傾倒もある。R&B、ブルースなど黒っぽいものほど『骨太』などと称して評価する傾向は、ロック評論の特徴だ。ソフト・ロックはその対極にある『軟弱』なものとして、無視されてきた。」氏は上記のような問題意識から「ソフトロック」を発掘し、新たな命を吹き込まれた訳ですが、その方向性が「クラブカルチャー」のレア音源発掘と「軌を一」にするものであったことは注目に値すべきことであります。<『SOFT ROCK A to Z』 まえがきより>
この両者の「心性」をめぐっては、現代の、音楽を超えた文化現象を考える上でも、今後詳細に検討されねばならないでしょう。ここではこの問題には深入りしません。
【五】
しかしながら、氏の発言はあまりにもラディカルな言説であると誤解されたようです。
上記引用部の氏の言説は、従来の「王道ロック」を抑圧するものとして受け止められたのではないでしょうか。
氏の「ソフトロック」の定義は、「主に1965年以降1975年頃までのメロディーとハーモニーが中心の心地よいポップミュージック」なのであります。つまり、氏は「王道ロック」を否定してはいないのです。
それは、この書の「ビーチボーイズ」の項に記された氏の言葉に明らかです。
「偉大なビーチボーイズを、ソフトロックの中に入れてしまうなんて、とお怒りの方のいるかもしれない」。しかしながら、氏の命題である、「実はロックの世界を形成してきた周縁的なもの」に焦点をあわせるという本誌の構成もあってか、「王道ロック」にも少なからず含まれる「ソフトロック」的な要素をも排除してしまい、いわゆる教条的「ソフトロックファン」から「王道ロック」を遠ざけてしまった観も拭い得ません 。
【一】で記しておいた「ソフトロック」という語、カテゴリーに「軽蔑」の念を抱くという現象は、上記の氏の持つ「アンチテーゼ」の側面を、さらに「アンチテーゼ」で捉え返したことのみに終止している状態か、もしくは従来の評論家筋の流れの音楽観をそのまま継承している状態にあるといえるのではないでしょう か。
*一般的に保守的性格が著しい日本人は(これにも多くの理由がありますが、割愛します。)それを厳密に検討するのではなく、「感情的」「感覚的」な面から受け入れることができないという傾向も「ソフトロック」批判の一つの理由としてあるのではないかと考えています。
それは流行というものに「本能的」に反感を抱くという感覚ともいえます。それは、確固たる意識を有しているという面では評価できましょうが、そこには他者の「抑圧」という意識が共有していると思います。私はそういう思考回路は「損」だと思うのですが…。
【六】
そこで、私は両者の対立の図式を解体してみようと試みます。
「王道ロック」のなかから「ソフトロック」を見出すことのみが、「『ソフトロック』の概念の問題」と「その『カテゴリー』についての問題」とを両者に共通の前提とさせる。また、そこから初めて「ソフトロック」についての議論が成立する。
このような方法が考えられます。
今回はその議論の前提となる「『王道ロック』のなかから『ソフトロック』を見出す」作業を行います。
今回の意図は、「ソフトロック」批判者の総べてが「王道ロック」絶対観を有しているということを前提として、その「王道ロック」観を批判することではもちろんありません。「王道ロック」批判から生じた、教条的「ソフトロック」を否定媒介として、広い意味での音楽観の共通認識を提示することにその主眼があり ます。
………つづく。
