第2夜 「白い肩紐の美女」
〜ミハルの春は何処にある〜

 【今夜のおつまみ】
(原材料)
「機動戦士ガンダム」TV版26・27・28話
「機動戦士ガンダムII 哀戦士」

 

 

 

あれよあれよという内に、季節はもうすっかり冬じゃありませんか。
時の流れは兎走烏飛であることよ。
この連載第一回から、まさか早よ半年も過ぎていようとは、常日頃より合成酒を愛飲して双眸炯炯たる僕とても、さすがに気が付きませんでしたぐびッ。

嘘をつきました。ホントは知ってました。
白河夜船じゃあるまいに、ちゃんと10月アップを目指して頑張ってたんですよ。
頑張ってたんですが、昨日まであの店にあった資料が、今日行ったら無くなってるヨ!
真にもって一期一会こそは世の習いでございますなぁ。
皆様もご用心のほどを。

てなわけで残念なことに準備万端整わず、あえなく第2回の原稿は頓挫の憂き目に。
もう僕には酒をあおるしか道が無いよ、ママン!
このままじゃ遁レコ代表殿に申し訳が立たないよ、ママン!
僕だって始めばかり威勢がいいってんじゃカッコ悪いよ、ママン!
このお酒なんだかアルコールなんてこれっぽっちも入ってない、いや、入ってたんだけど全部揮発しちゃったような味がするよ、ママン!
美味しくないよママン!不美味いよママン!誕生日おめでとうママン!
とばかり半睡半醒でぐびぐびやってても仕方がなぐびッいので、代表殿のひそみに習って、昔の原稿を引ッ張り出してまいりました。

これはゲームではありません。
「機動戦士ガンダム」です。

不肖わたくし、学生時代(1995年)にファーストガンダムを扱ったミニコミに関わりまして、これはその「フリーダム・フォートレス」第2号に掲載された原稿です。
今になって読み直すとトンデモない内容で、まったくもって汗顔の至り。
認めたくないものだな。若さゆえの過ちというものは。ぐびッ。

蛇口から水ポタリ。写真立て倒れてカタン。
少女スパイ、ミハル・ラトキエ。
皿を洗える手を休め、双眼鏡もて空見やる。
その空を震わせて、ゆっくりと流れていくのは何あろうホワイトベース、「木馬」とあだ名される、ドン臭い代物。

皆さんはホワイトベースを実際に見たことはないでしょう。
少なくともミハルはその時初めて見たのだ。
もちろん彼女、後々自ら乗り込もうとは、ゆめゆめ思う由もない。

ミハルとカイとの初めの出逢い。ときめくような代物じやない。
売り子のミハルは基地の外、出て来るカイを待ち受ける。

「兵隊さん、何か買ってくれない?」

ここで哀れなる仔羊、アムロ君に御登場願おう。
皮肉屋カイと、うじうじアムロ、どう高く見積もっても爪ぱかりかじってる様な奴に分はない。
しかり、ミハルとの初対面、そつなくかわすカイに比べ、アムロのうろたえ様はと云えぱ、さながら突つかれ引っ込む
カタツムリの目玉。
アムロ、初心なのも良いが、いい加減にしておかないと後でエラい目に遭うのだ。
だが、そんな事に構ってはいられない。

カイとアムロ。
このふたり、仲がいいんだか悪いんだかよく分からないが、女性に振り回されること、テレビ版映画版を通じて同じである。
ミハルの工ピソードはテレビ版で3回分。
有り体に云ってミハルとカイとの間にアムロ君の入り込む余地など毛ほどもありはしないのだが、ここで何故アムロか。
全てはカイの為、つまりは当て馬なのだ。
アムロ君は主人公なんだし、たまには損な役回りも請け負って貰おう。

ミハルとカイとのめぐり逢い。
フラウとアムロのくされ縁。

さて、ギリシアの哲学者プラトン曰く、男女もともと一つの球なりしが後にふたつに分かれてより、失われた片割れを求めて恋に陥る。
すなわちこれ「ぷらとにっく・らぶ」と称され現在に至る。
もとが一つの球ならば、必ずや双方に共通する「証」があるに違いない。
アムロチームには「証」が見えぬ。
ではミハルとカイとの「証」を何処に求めるか。
「眼」である。

兵役はイヤよと「木馬」を飛び出したカイは今、それとなくミハルの家に居る。
傍にはミハルの弟ジルと妹ミリー、ガブリとパンにかぶりつき。
ミハル、「木馬」の情報を得んと、カイの話を喰い入るように聞き、そしてぶつかるふたりの眼と眼。

眼は口ほどに物を云い、ここにおいてふたりの運命はもはや決定づけられたと断言してもよろしかろう。
その運命についてはまだ語らずにおく。
そうこうするうちにミハルは「木馬」への潜入を命じられ、ちいさな3人家族に別れの時がやってくる。
カイはすでに帰路の人。

そのカイ・シデンが戦火を見つつ思い出すは、ブライトに殴られ、セイラにハタかれ、マチルダの写真を撮ろうとしてはコケ等々、
むしろ惨々たる場面ばかりだが、今回のカイはひと味違う。

かつてセイラに云われた台詞「軟弱者」。
そして今、「ほんと、軟弱者かもね…」とカイはひとりごちるのだった。
そりゃそうだろう、あのふにゃふにゃアムロやへなちょこハヤトが奮闘してるんだ。
ここで一発奮起しなけれぱ映画版に30分もカイの工ピソードなど割いては貰えまい。
カイ、にわかに丘を駆け降りて、バイクを奪い戦場へ向かう。
ガンタンクにまたがりて群れ寄る敵をちぎっては投げちぎっては投げ…とは云い過ぎだが、そこはかとなく沈みゆく敵の戦意に、大活躍の効果は有りや無しや。

かつてカイは孤独であった。
だか今やカイは「証」をミハルの眼に認め、あわや「大西洋ひとりぼっち」の危機を脱したのである。

ところでその頃、ミハルの家では涙の別れの真ッ最中。

「この仕事が終わったら、戦争のないところへ行こうな、3人で…」。

どうやらミハルの胸にカイの影は無いようである。
あるいは窺い知れぬ奥底の、堅牢なる樫の小函にでもこっそり秘めているのかもしれないが、その2つに束ねた赤い髪と、チャーミングなそばかすと、互いに離れた双の瞳は、
なんぴとの覗き見をも許さないのだ。
おそらく、カイひとりを除いては。

別れを目前にして弟妹、抱きしめるミハル。
妹ミリーの言葉「ねえちゃん…かあちゃんの匂いがするんだね…」。


さて、うまうまと「木馬」潜入に成功したミハル、連邦軍の赤い制服に身を包み、暗い通路を駆け抜ける。
脳裏によぎるは極秘指令、すなわち士官室を狙い、行き先を突き止め、また、その牲能に関する、あらゆる情報を手に入れること。

ミハル如き俄かスパイの手に負える仕事じゃあない、無埋に決まっている。
が、そんなことを少しでも考えたか否か、いとも簡単にミハルはブライトの部屋の中。
考えてみれば相手もズブの素人、道理である。
おそるおそる机の引き出しをあさるミハルの耳に響くは誰あろう、ブライトを尋ねるカイのノック。
とっさに机の下に身を隠すミハル。
部屋へ入ってきたカイを上手く遣り過ごせるかというその時、赤いおべべの肩被れ、ビリリという音と共に、ちらり見えます白い肩紐。


「男湯孤ならず、女湯必ず隣にあり。
…男女風呂を同じうせず、夫婦別あるをしれるや」
(式亭三馬「浮世風呂」)


「ガンダム」で、ちょいと男の気を惹くような、きれいなところを見せてくれるのはフラウ、ミライ、セイラ、ララァにミハルといったところか。
キッカは除外しておく。
このうち先の3人は湯浴み姿、ララァは「III」でスカートふわり。
もちろん湯浴み姿とて充分に美しいわけだが、僕としてはミハルをすっぽんぽんにしたくないのだ。
ここはどうしても肩紐の処女として身を固く持しておいていただきたい。

それは何故か。
世人、おしなぺて裸を好む。
しかし「エロスは衣服の裂け目にひそむ」という言葉の示す如く、既にそこにあるものを漫然と眺めるより、隠したつもりが見えちゃった、あるいは見えるかもしれん、この先にあるかもしれんと、あれやこれや想像を巡らす方が、より満足をもたらす。
ましてや湯水で洗い落とさねばならんほどの汚れおる女性より、白い肩紐をのぞかせるミハルの方が、なんとも慎ましく清潔ではないか。白い百合は気高く、また、かぐわしい。
自い肩紐の行き着く先は、薄汚れた丘にあらず、俗人の侵入を許さぬ前人未踏の処女地であった。

さて、ここはマズいとふたりして、カイの部屋へと忍び足。
そこヘノコノコと顔を出したのは、云うまでもない、アムロ君であった。

「恋人さんですか?」

あっぱれアムロ。
ここまで間抜けな演技をして貰えようとは想像もしなかった。
けだし、これを主演男優の心意気とでも云うのであろう。
カイ、応えて曰く「そんなところかね」と。

「迷惑かけちゃうね…あたしがスパイでさ…」
カイの部屋へたどり着けば、ふたりの間にひょうきん者の入る隙はない。

「わかってるよ、弟妹想いのあんたが俺を想って来たなんていうの、うそだってこと。」とカイ。
「うそじゃないよ…半分はうそじゃない。」とミハル。

ハンブンはウソジャナイとは何の謂ぞ。
思うにミハル自身、その半分すら事の真相を判ってないのではあるまいか。
更にその半分、すなわち全体の1/8程度の理解が、おそらくふたりの限界であろう。
いわんや第三者においてをや。

ジオンとの交信を危うくも遣り遂げ、少女スパイ・ミハルの使命も終わりに近づく。
途端、ジオンからの攻撃。月にむら雲、花に影。
ドアの際間から爆撃に揺らぐ廊下を覗くミハルがみるものは、自らの弟妹と同じ年頃のカツ・レツ・キッカのぶっ飛ぶ姿。
いたたまれずカイに出撃志願を訴えるミハル。
ここにミハルの運命は定まった。

ガンペリーに乗り込むふたり、ミハルに悲壮の影はない。
が、始めこそ調子よくズゴックをミサイルにて狙うものの、形勢あやうし、ふたりを襲うは海面からのズゴック・ビーム。
あわや撃墜には到らなかったが、ミサイル発射レバーは制御不能に。押せども引けどもうんともいわない。

「どうすればやっつけられるの?」
ミサイルすぐ脇のレバーを引かんとてミハル自ら、あっけらかんとコクピットを出る。

「ミハル、どこ行くんだ。」
「カイ、カタパルトの脇に、レバーがあるんだろ。」

これがふたりの最後の会話であった。
無論、ミハルの応えに「カイ」という呼び掛けは必要がない。
ミハルの小函が今、少しだけ開いた。

「カイ、むこうから来てくれたよ。」
ミハルはレバーを引き、ミサイルは白光を放ち、爆風はミハルを襲う。
ミハルは宙を舞い、髪の結び目は解け、ゆっくりと、ゆっくりと、その乾いた身体は大西洋、広い海原へ。…

「泣かないでよ、ね、あんたに逢えてよかったと思うよ。
……ジルとミリーかい、あの子たちなら大丈夫さ、うまくやるよ。あたしの弟と妹だもん。
…いつまでもこんな世の中じやないんだろ、ね、カイ…」

「じゃあ、おまえはいいのかよ、死んじゃってさあ。
死んじゃ、なんにもなんねえじゃねえか。」

「間が…悪かったんだよ……。そりゃあたしだってカイといっしょになりたかった…」

「死んじまっちや……」

ミハルの春は何処にある。
ミハルの世界はもはや弟妹との3人で全てではなくなった。


「行き過ぎし春の驟雨に人通り」(立子)

驟雨去りし後、春はまだそこにある。

「ミハル、俺はもう悲しまないぜ。
おまえみたいな子を増やさないために、ジオンを叩く。
徹底的にな…」

カイの涙が驟雨なら、ミハルの存在こそがまさしく春ではなかったか。

(95.10.25.「フリーダム・フォートレス第2号」掲載再録)
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