The Beach Boys/Surf's Up (Brother/Reprise 6453)

浜尾 六郎

BB5を「Pet Sounds」と「Smile」のみで語ることはつまるところブライアン・ウィルソンを評価しているに過ぎず、BB5を語ることにはならない。私もブライアンの狂気の淵を見たものだけが作り出せる美しい音世界にヤられてしまった一人ではあるが、「Wild Honey」('67年)以降の他のメンバーの成長とこのアルバムでの充実ぶりを見逃すわけにはいかない。

おしゃれアイテムとして一面だけ取り上げてBB5を持ち上げる輩ども、「Pet Sounds」だけ消費して一緒に消えて行きなさい。マイクも云ってたな「こんなもの誰に聴かすんだ?犬か?」って。そうだよ、お前ら犬だ。

「Love You」('77年)と並んで年々評価が高まる70年代BB5の決定版といって良いだろう。「Surf's Up」というタイトル、そしてジャケから漂う陰鬱な雰囲気とは対照的に各メンバーの優れた楽曲が並ぶ。

カールの「Long Promised Road」はミドルテンポの優しいメロディとお得意のWallコーラスのロックが交錯する。手触りとしては60年代中期、「Summer Days」('65年)の頃にブライアンが得意としていた手法に似ている。
事実このレコーディングは、ほとんどカールひとりで行われたそうだ。メンバーの総スカンをくらい、内面の世界へ暴走を続ける兄の仕事を彼はちゃんと盗んでいたのかもしれない。だったら最初からちゃんと評価しとけよ。

ブルース・ジョンストンの代表曲とも云える「Disney Girl(1957)」。
バラードもBB5の手に掛かればただの甘ったるい惚れたはれたには終わらない。ピアノにワウギターが絡むサウンド、ブルースの繊細な声にとろけてしまいそうなメロメロ感をおぼえる。

アルとマイクの共作「Don't Go Near The Water」の歪んでいながらポップな音像、アルと知らん人の共作「Lookin' At Tomorrow」の気のふれたような唄声では前者=環境問題、後者=プロテストソングというテーマを全く無視してかなりやばい気分を味わうことが出来る。私はこの時ほど英語を理解できないことに感謝したことはない。

「第9監房の反乱」に新しい歌詞をつけたロックンロール「Student Demonstration Time」はガンガンのロックでちとうるさいがサイレンのSEはブライアンのアイデアだという話を聞けば我慢できなくもない。
まぁ、何よりこの時期のBB5はセールス的にドン底で、優れたライブロックバンドとして活路を見出していたわけで、そんな姿勢の現れなんだろう。何せデッドと共演ライブなんてのもやってたんだから。BB5も表面的イメージとは違ってクスリラリラリだしな。

そしてそして、ラストは怒濤のブライアン作品3連ちゃん。
何といっても「Smile」でボツになったタイトル曲「Surf's Up」の美しさにノックアウト。目まぐるしく変化する音世界、スローなピアノ伴奏から一気に「Child Is Father Of The Man」の高まりへ。そしてゆっくりとアルバムはエンディングを迎える。・・・・嗚呼、天国。

これはアルバム通して云えることなのだが、とにかく音が良い。ひょっとしてブライアン音世界がここまでクリアなステレオサウンドで発表されたのはこのアルバムが初めてなのではなかろうか。かつてはぼやけた映像の中で混沌の中に透明な世界を見出すというある種矛盾したような楽しみ方をしていたが、このアルバムで手に取るようにブライアンサウンドを感じ、遠く遠く続いていく奥行きの深さに吸い込まれていく感覚を得られるようになった。
このアルバムに出会った頃は「Pet Sounds」のリアルステレオミックスを耳に出来るとは夢にも思ってなかったしね。

総括。
「Pet Sounds」と「Smile」でブライアンの理想の音世界を否定したメンバーは、Beatlesを初めとする世界の鋭い耳をもつアーティストたちの評価の声に自分たちの間違えを悟ったのではないだろうか。でも相手は兄弟だったり従兄弟だったりで、一度自分が云ったことを引っ込めずらくなったのでは。うん、その気持ちわからんでもない。
だからマイクも現在ではブライアンを擁護する発言をするんだろな。

何はともあれ、あれほどまでに「サーフィン、海、女の子、車」という自分たちのイメージを捨てることを嫌がっていたメンバーが自由気ままに実験精神旺盛に優れた楽曲を作り上げている。もちろんブライアンも。

君も一度、BB5の世界に初期から通して浸ってみなさいよ。楽しいぜ。