SMiLE雑記

浜尾 六郎

 
我々はいつまでその亡霊を追い続けるのだろうか・・・。

ロック史上最も有名な未発表アルバムとも云ってよいBeachBoys「SMiLE」。 ブライアン・ウィルソンのクリエイティビティの最高潮期、66年から67年に制作が行われ、もし完成していたなら、同時期に制作が行われたBeatlesの「SGT.Pepper〜」も"「SMiLE」の亜流"とされていたかもしれないと云われるコンセプトアルバムである。「Smily Smile」でその断片が聴ける「Heroes And Villains」を中心とする「Americana(アメリカ風物)」をテーマとするA面、そして大ヒットシングル「Good Vibrations」と組曲「The Elements」(「火」「水」「空気(風)」「地」をテーマとする小品から構成される)、大名曲「Surf's Up」などからなる「The Elemential(自然)」の2部構成のこの作品は、改めて取り上げられたりアルバムの曲数のつじつま合わせに引っぱり出されたしてオフィシャル音源各所に散らばったり、BOXセットの目玉音源やブート音源として発掘されながら完成形・未完成形含めその一部が我々の耳に届いているというのが実状である。

それら「SMiLE」の素材から察するに、コンセプトアルバムという意味では 「SGT.Pepper」など足元にも及ばないクォリティの高さと当時のアーティストがとても考えもつかなかったであろう音世界をブライアンは目指していたことが想像される(誤解無きよう云っておくが「SGT.Pepper」はロックアルバムとしてはもちろん一級品である)。

これはメンバーと認めるところであるが、「SGT Pepper」は「Beatlesが"SGT.Pepper's Lonely Hearts Club Band"に扮して演奏をする」という云ってみれば飽くまで表面的なコンセプトアルバムであり、収録された曲は基本的に独立している。一方で「SMiLE」はアメリカ西部の風物詩を「Heroes And Villains」を元に他の曲が絡み合い一大組曲を形成し、「火」「水」「空気」「地」「波」そして「Vibration」など自然の根元を唄うという2つのテーマを貫いた内容となるはずであった。しかし過剰のドラッグ摂取によるイメージの拡散は40数分の作品にまとめ上げるという作業には向かなかった。Beatlesがそのイメージ拡散をレコーディングという仕事の現場へ基本的に持ち込まなかったというのは賢明であったと云えるだろう。彼らにはプロデューサー、ジョージ・マーティンの目という云ってみれば父親的監視があったが、曲作りにプロデュースという自分の音世界の絶対的権力者だったブライアンに歯止めを利かせる者はいず、常に「オン」の状態で制作に臨んでしまったわけで、彼は音楽どころが自分自身のコントロールさえ出来なくなってしまった。

しかしもしあの時代に「SMiLE」が完成していたならロックの歴史は本当に 変わっていたのだろうか。所詮未完成のアルバムである。後から何とでも云える。戦地に赴いていない兵士が「オレが行っていたら負けなかった」と云うような話だ。私自身も「SMiLE」が順調に完成へ向かい、発表に至ったとして、あの時代に正当な評価を得ることが出来たかと問われたら、すぐに答え を述べることは出来ないというのが正直な所である。「優れた音楽が売れる音楽とは限らない」とはよく云われる話だが、60年代初期に登場し、BeachBoysというその名の通り「サーフィン、海、車、女の子」をテーマに若者の欲求を音楽に乗せてきた彼らに果たしてこの音を求めるものがどれだけ存在していただろうか。松村雄策も云うところだが、Beatlesのファンには「次はどんな音楽で自分たちをダマしてくれるか」という心づもりがあったという。たった10年ほどの活動の中で単なる英国の1ビートバンドから「Abbey Road」高みへとたどり着いた彼らの変遷は、もちろんBeatles自身の溢れ出る才能に負うところが大きいのだが、それを待ち受ける聴き手がそれを受け入れ、常にポップな存在であり続けることが出来たということもひとつの要因として忘れてはならない。彼らの存在は発信者、それを受け取る者が結びつき合った幸せなケースであったと云ってよいだろう。

ではBBのファンにダマされる覚悟が本当になかったのかと云われると、これも私自身正直云って判断が付かない部分が多い。今でこそBBの最高とされる「Pet Sounds」は「SMiLE」へ高まりゆくブライアンのクリエイティビティの前哨戦と云えるのだろうが、このアルバムの発売直後、当時のレコード会社のキャピトルは売れ行きが今ひとつと判断し、市場にBBのベストアルバムを送り出す。人は変化という者の前で多少躊躇するのが自然である。自ずと人々の目は安心して買えるベスト盤の方へ向いてしまった。

「サーフィン、海、車、女の子」音楽バンドとして手っ取り早く売り切ってしまおうという考えがキャピトルにあったのは事実であり、またメンバーにもBBの変化を受け入れようとしなかったものがいた。確かに手っ取り早く儲けることは出来たかもしれない。だがしかし、これは単に数週間で消費される音楽でなく、より普遍的なものを作り上げようとするブライアンの成長を拒むバカな大人の大きなお世話であって、もし「Pet Sounds」の売れ行きをもう少し辛抱強く見守ることが周囲の人間に出来たとしたら、ファンは次第にBBの変化を受け入れ、このアルバムに大喝采を送ったかもしれないのだ。事実遠く離れたイギリスではこのアルバムによってブライアンに天才の称号が与えられ、その評価は本国アメリカからは想像もつかないものがあった。これが後にセールス的にどん底のBBがライブバンドとしてイギリスに活動の活路を見出すきっかけとなったわけだが、もしこの時期目の前の札束に目を奪われずBB、特にブライアンに対する信頼を寄せることが出来ていたなら確かにロックの歴史は変わっていたかもしれないし、「SMiLE」自体も順調にリリースされていたかもしれない。

私には「Pet Sounds」直後、「SMiLE」セッションのきっかけであり、サイケロックの極北とも云える「Good Vibrations」が全米1位に輝いた事実が、そのことを証明している気がしてならない。BBのファンにもダマされる覚悟はあったのだ。「Pet Sounds」で受けた仕打ちによるブライアンのショックはこのシングルヒットによっても完全に癒されることはなく、自信を揺らがせながらドラッグ依存を深め、泥沼の「SMiLE」制作へのめり込んでいく。

前置きが長くなってしまったが、最近「SMiLE」関連の膨大なアイテムが超良好ステレオサウンド(一部モノラルあり)でリリースされた。BB専門のブートレーベルSea Of Tunesの「Unsurpassed Masters vol.15/16/17」の3セット、全7枚である。vol.15は「Good Vibrations」セッションのみを3枚に、vol.17は一連の「SMiLE」セッションから「Heroes And Villains」「Do You Like Worms?」「Old Master Painter/You Are My Sunshine」「He Gives Speeches」「Wonderful」「Child Is The Father Of The Man」「Look」「Vega-Tables」「Wind Chimes」「Mrs.O'Leary's Cow」「Friday Night」「Water」の制作過程を追った3枚組、前後するがvol.16はオフィシャル既出、ブート既出、初出音源交え、「SMiLE」収録が予想される楽曲の最も完成形に近いバージョンを1枚に収めている。

セッション音源は一つの楽曲がリズムを変え、楽器を変え、構成を変え、みるみるクォリティを上げていく過程が聴け、ブライアンの試行錯誤の現場に同席しているかの錯覚を覚え、とてつもない興奮をもたらしてくれる。vol.16の1枚ものも、手っ取り早く「SMiLE」の雰囲気を味わいたい時にもってこいである。
これまで手を変え品を変え数々リリースされてきた「SMiLE」ブートのほとんどを駆逐する内容である。BBファン、とりわけ「SMiLE」の亡霊に取り憑かれた重病患者必携アイテムである。って云われなくともわかってるかとは思うが。

だが「人間の欲に際限なし」とはよく云ったもので、ここで敢えて苦言を呈しておこう。数年前、BeatlesやBBの良好アイテムをリリースし続けるVigotoneが「Heroes And Villains」と「Good Vibration」セッションを集めた名盤「Heroes And Vibrations」を発表したが、今回Sea Of TunesはVigotoneリリース済みの音源をあえて外している節が見受けられ、「Unsurpassed Masters」には7枚のボリュームにしてはどうも音源の網羅の仕方が不完全な印象を受けずにいられない箇所がある。
「Good Vibrations」のヴォーカル・セッションがあまりにも少ないこと、「SMiLE」の重要曲に挙げられる「Surf's Up」「Cabin-Essence」のセッションが収録されていないことなど、単に音源を入手出来なかっただけなのか、それとも・・・。私は近々リリースされると(随分前から)云われているVigotoneの「SMiLE」ボックスによって初めて流出音源の全貌が現れるものと期待しているのだが果たして如何に。

またもう一つ忘れてならないことは、我々の前にあるのは飽くまで「Making Of "SMiLE"」であり、また楽曲として完成形に近いバージョンの寄せ集めに過ぎないと云うことである。「SMiLE」の臭いは感じられてもそのごちそうにありつけている訳ではないのだ。胃に入ってしまえば一緒とはいっても、ジャガイモ、人参、玉葱、牛肉、ご飯、カレールーを口にしてもカレーを食べたということにはならない。
この素材は料理して初めて「SMiLE」となる。その料理法が67年当時のブライアンの頭の中にしかなく、かつそれが成し遂げられなかった以上、わかりきっていることではあるがどこにも真の「SMiLE」は存在しない。だが料理されるべき素材は揃いつつある。我々にできることは、あの当時ブライアンの頭の中にあった「SMiLE」の姿を想像し、研究者それぞれの料理法で「My SMiLE」を構築することなのかもしれない。

そんな中、しばらく覗いていなかった「SMiLE Shop(http://www.angelfire.com/mn/smileshop/navpage.html)」に「SMiLE」料理法のひとつが提示されていることを知った。既発音源を切った貼ったで編集し、真の「SMiLE」の姿に向かい悪戦苦闘した結果がMP3でアップされている。またその音源をもとにBBSではああでもないこうでもないと議論が繰り広げられている。歴史的考察だけでなく、発掘物に研究者のクリエイティビティを加え、音として成果を提示するという方法は、音楽研究のひとつの健康的な姿なのではないかと感じた。

戦いはまだまだこれからである。(99.10.16.)


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